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松山地方裁判所 昭和23年(行)19号 判決

原告

河本太郞

昭和二三年(行)第一九号被告

愛媛県農地委員会

昭和二三年(行)第四二号被告

愛媛県知事

主文

被告愛媛県農地委員会が原告所有に係る別紙目録記載の農地の買収計画に関してなした小野村農地委員会の決定を正当とする旨の裁決はこれを取消す。

昭和二十三年(行)第四二号事件の原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用中昭和二十三年(行)第一九号事件に関するものは同事件における被告の負担とし同年(行)第四二号事件に関するものは原告の負担とする。

昭和二三年(行)第一九号事件請求の趣旨

主文第一項と同旨及訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、昭和二十三年(行)第一九号事件につき

原告訴訟代理人は、その請求の原因として、

原告には満二十才以上の実男子が五人あり長男以下四名が相次いで応召し三男と四男は終戦後一ケ月して復員し長男、二男も生存していることが判明したので同一世帯では到底生活ができないと考え先ず三男武夫を分家さすために昭和二十年の麦作より田約九反畑一反三畝十五歩を分耕させ習二十一年二月八日分家の手続を了し同年七月新宅を建築し事実上別居させたのである。小野村農地委員会においても当初はこの事実を認め第三次農地買収計画樹立の際は三男武夫の耕作している温泉郡小野村大字平井字三区五一〇番地田六畝二十四歩外九筆の田地約九反歩及畑地一反三畝十五歩を買収することに決定し、尚河本藤吉外四名の耕作分も含めて計田一町八反三畝七歩畑一反三畝十五歩合計一町九反六畝二十二歩を買収したのである。然るに昭和二十二年十月七日第四次買収計画樹立に当り小野村農地委員会は更に原告所有の前記請求の趣旨に記載した田地七反三畝十三歩を買収することを計画した。斯くては原告の保有面積は一町二反七畝二十四歩となり法定の保有面積を削減する買収であるから原告は右農地委員会に対し三男武夫は既に分家して原告所有地を分割耕作しているのであるからその分家の事実を認め第四次買収計画中のものは原告の保有地として残してもらいたい旨異議の申立をしたのであるが同委員会は昭和二十三年十月三十日原案通り買収すると決定した。そこで同年十一月十日更に被告県農地委員会に訴願をしたのである。被告県農地委員会においては同年十一月末右事件を委員会に付し訴願の趣旨を認め三男武夫の分家を承認し右第四次買収計画は不法であつて取消すべきものであると決定しながらその裁決書の発送を故意に怠りその後小野村の農地委員一、二の策動に躍らされ前裁決書の未発送を奇貨として前の裁決の趣旨を変更し三男武夫の分家は民法上認めるが農地保有の問題に関しては分家が昭和二十年十一月二十三日以後になされたものであるから同一世帯と認めるとの理由で原決定を維持する旨裁決し、該裁決は昭和二十三年五月六日付であつて同月十五日小野村農地委員会長よりその送達を受けた。然しながら右裁決は(イ)同一事件に対し二度行われたものであり(ロ)訴願受理より裁決まで六ケ月以上を経過し(ハ)三男武夫の分家を認めず(ニ)原告の保有地は法定の範囲よりはるかに少くなり法律が認めた面積の保有ができなくなるから右裁決は違法であるよつてその取消を求めると述べ

被告訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求め答弁として原告主張事実中小野村農地委員が原告主張のようにその所有農地につき第三次及第四次農地買収計画を樹立してこれを買収したこと、原告が第四次農地買収計画に対し異議を申立てたところ同委員会において棄却せられたため更に被告委員会に訴願したがこれ亦その理由なしとて棄却の裁決があつたこと及原告三男武夫が原告主張の日に分家したことはこれを認めるが右訴願の裁決にこれを取消すべき違法があるとの主張事実はこれを否認する原田が従前所有していた農地は田三町一反六畝十七歩畑二反五畝二十二歩山林を開墾し現況畑となれるもの三反余ジユウ名儀の田三反一畝十三歩計田三町四反八畝畑五反五畝二十二歩であつて右農地の中原告が田八反七畝四歩畑一反二畝七歩山林開墾畑三反餘武夫が田八反九畝十歩畑一反三畝十五歩を夫々耕作しその他は全部小作せしめていたのである。小野村農地委員会においては第三次農地買収計画を樹立するに際し原告より買収請求のあつた農地田一町八反二畝十七歩及畑一反三畝十五歩につき買収計画を立てその手続を完了し更に本件農地につき第四次買収計画を立て夫々買収手続を完了したのである。処が今般原告より本訴を提起したので被告は原告所有農地に対する第三次第四次買収計画を詳細に調査し原告及小野村農地委員会のこれに対する主張を仔細に検討したところ同委員会の立てた買収計画に次のような違法処分のあることを発見した。即ち同委員会は原告の三男武夫がその当時原告と同居していた為原告と同一世帯にあるものとして同人耕作の農地は原告の自作地とみなすべきものであると認めたが原告よりその買収請求があつたがために自作農創設特別措置法第三条第五項第六号の規定によりこれが買収計画を樹立したものである。然しながら武夫は既に昭和二十一年二月八日に原告家から分家しておつたものであるから仮令同人が原告と同居していたとするも同居の家族とは云えない従つて同人の耕作する農地は原告の自作地とみなすことはできないのであつて同人の小作地と云わねばならない、よつて被告は今回小野村農地委員会が法律の解釈を誤り小作地を自作地だとする錯誤に基き第三次農地買収計画を立て買収手続を進めたもので重大なかしある行政処分であることを発見したから被告委員会は昭和二十三年十月二日武夫が耕作していた田八反九畝十歩につき買収計画の承認を、又愛媛県知事はその買収を夫々取消したものである。小野村における地主の保有反別は自小作地にあつては合計二町二反歩まで小作地にあつては七反歩までとなつているのであつて原告の現在の自作田畑計一町二反九畝十一歩と右買収を取消された田八反九畝十歩を合すれば結局において第四項の買収は原告の保有を削減する買収だと云うことはできないのである。よつて原告の本訴請求はその理由がないから請求棄却の判決を求める次第であると述べ

昭和二十三年(行)第四二号事件請求の趣旨

被告が昭和二十三年十一月二十日農地第一〇二六号を以てなした昭和二十二年十月二日発行の買収令書小野四〇号に関する農地買収取消の処分はこれを取消す訴訟費用は被告の負担とする。

事実

被告は昭和二十三年十一月二十日附農地第一〇二六号を以て前記第三次買収計画により買収した前記原告の三男武夫の耕作田八反九畝十歩につき昭和二十二年十月二日小野四〇号の右買収令書を以てした買収を取消す旨原告に通知した。然しながら買収令書は既に有効に確定したものである。元来小野村農地委員会において第三次農地買収計画を樹立するに当り同委員会は原告に対し小作地中開放を希望するものを申出でるよう通知して来たから原告は今回被告が取消した農地を含めて希望の申入をしたところ同委員会においてはこれを採択して買収計画を樹立し所定の縦覧期間を経過して愛媛県農地委員会にその書類を送達し同県農地委員会又その買収計画を承認し被告はこれに基き買収令書を発したものであつて爾来一年以上を経過している今日一方的にその取消をなし得べきではない。これをもし取消し得るとすれば農地の買収は何時までも不確定の状態にあつて常に不安の状態に置かれることとなる。右の理由により前記被告のなした買収取消の処分は違法であるからその取消を求めると述べ。

被告訴訟代理人は答弁として原告主張事実中被告が原告の主張日時その主張の如く買収令書の取消処分をなしたことはこれを認めるが該処分が違法だとの点はこれを否認する。右取消処分は第三次農地買収計画に基き買収したものである。昭和二十三年十月二日愛媛県農地委員会は小野村農地委員会が樹立した該農地に対する買収計画には重大なかしのあることを発見したが同県農地委員会としても該かしのある買収計画をかしのないものと誤認してこれに承認をしていたので同委員会は右承認の取消をした。そこで被告は右取消の事情につき詳細に検討した結果被告もまた該行政処分には左記の如き重大なかしがあるに拘らずこれをかしのないものと誤認し本件買収令書を交付したものであることが明かとなつた。即ち小野村農地委員会は第三次農地買収計画を樹立するに際し原告は本件農地は三男武夫が耕作していると称していたが同人は従前より原告と同居していたので同居の親族の耕作しておる農地として原告の自作地とみなすべきものと認めたが原告よりこれが買収の請求があつたので自作農創設特別措置法第三条第五項第六号の規定によりこれが買収計画を樹立したものである。然しながら武夫は既に昭和二十一年二月八日に原告家から分家しておつたのであるから仮令同人が原告と同居していたとするも同居の家族とは云いない。従つて同人の耕作する農地は原告の自作地とみなすことはできないのであつて同人の小作地と云わなげればならない。然るに小野村農地委員会は法律の解釈を誤り小作地を自作地だと誤認しこれに基き本件農地の買収計画を樹立したもので原告より何等の異議もなかつたため愛媛県農地委員会及被告は何等疑義をはさむことなく夫々右買収計画を承認し買収令書を交付したものである。故に被告の本件買収令書の交付は重大なかしのある行政処分と云わなければならないからこれを取消した本件処分は適法であると述べた。

原告訴訟代理人は右両事件における被告等の答弁に対し原告が従前所有していた農地は被告主張の通り合計田三町四反八畝畑五反五畝二十二歩であること右農地の中原告が田八反七畝四歩畑一反二畝七歩及山林開墾畑三反余を三男武夫が田八反九畝十歩畑一反三畝十五歩を夫々耕作しその他の農地は全部小作せしめていたこと及第三次農地買収計画を樹立するに際し原告は武夫の右耕作地を含め田一町八反二畝十七歩畑一反三畝十五歩の買収を小野村農地委員会に請求したことは何れもこれを認め武夫の耕作する農地は原告の自作地とみなすことはできないもので同人の小作地と云わねばならぬとの点は原告の利益に援用する。併し小野村農地委員会が武夫を原告と同一世帯にあるものとして同人の耕作地を原告の自作地と認め原告より該農地の買収請求があつたから自作農創設特別措置法第三条第五項第六号の規定によりその買収計画を立てたものであつてこの買収手続は同委員会が法律の解釈を誤り小作地を自作地であると誤認しその錯誤に基いて進められたものでその処分には重大なかしがあるとの主張はこれを否認する。

原告は既に述べたように第三次農地買収計画の樹立に際し小野村農地委員会に対し武夫の前記耕作地を含めた小作地の買収方を申入れこれに対し同委員会はその申入れに応じて買収計画を立てたものであるから右農地の買収は民法上の売買ではないとしても双方合意の上に決定せられた買収行為であるからこれを取消すとすれば買収手続において践んだと同一の手続を経て取消すべきである。若し買収行為を以て売買契約ではなく一種の原始所得であると解すれば一応国が原始取得したものを取消して原告の所有に還元する理のあるはずがない。

仮に取消処分が有効であるとしても被告県農地委員会が第四次農地買収計画について原告の提訴した訴願を棄却したのは昭和二十三年五月六日であるからこの裁決のあつた当時においては未だ右取消処分ではなく従て小野村農地委員会は原告の保有面積を違法に削減する買収計画を立てたことは明かであるから被告県農地委員会は小野村農地委員会の決定を否とする裁決をなすべきに拘らずこの訴願を棄却したのは違法である。

原告所有田に関する第三次買収は適法であり第四次買収は違法である。然るに第三次買収処分を取消し第四次買収を適法ならしめる必要は何処にあるか。思うに小野村農地委員会が第三次買収に錯誤があると云うのは武夫が原告と同一世帯であると思つていたがこれは新民法により武夫の分家を認めねばならなくなつたからだと云う点にあるようであるが分家を認めて武夫のために原告の所有地を解放することに何処に不都合があろう。

原告の保有する小作地を武夫の耕作分として原告が保有しようとする小作地を無理に解放させようとする観念は家にとらわれた考え方である旨陳述した。(立証省略)

理由

(一)、原告は従前より田三町一反六畝十七歩畑二反五畝二十二歩山林を開墾して現況畑となつているもの三反余原告の同居の家族であるジュウ名義の田三反一畝十三歩以上合計田三町四反八畝畑五反五畝二十二歩を所有しておつてこの農地の中原告は田八反七畝四歩畑一反二畝七歩山林開墾畑三反余を原告の三男武夫は田八反九畝十歩畑一反三畝十五歩を夫々耕作しその他は全部小作させていた。小野村農地委員会においては昭和二十二年第三次農地買収計画を樹立するに当り原告より買収申入のあつた農地計田一町八反二畝十七歩及畑一反三畝十五歩について買収計画を立てた。右買収計画に組入れられた原告所有の農地の中には武夫の耕作している前記温泉郡小野村大字平井字三區五一〇番地田六畝二十四歩外九筆の田八反九畝十歩畑一反三畝十五歩も包含せられていたのであるがこの計画に対しては何者よりも異議の申立もなく所定の手続を経て同年十月二日付を以て被告県知事よりその買収令書が原告に送達せられた。然るに同年同月七日第四次の農地買収が実施せられるに際し小野村農地委員会は原告の所有農地中残りの小作地全部である別紙目録記載の田地合計七反三畝十三歩を買収することを立案したので原告はこの計画に対し右委員会に異議を申立てた。同委員会においては同年十月三十日原案通り買収すると決定し更に該決定に対し同年十一月十日被告県農地委員会に訴願を提起した。被告委員会もまた翌二十三年五月六日原決定を維持する旨の裁決をし同裁決は同月十五日原告に送達せられた。原告は右被告委員会の裁決は違法であるとし同年六月四日これが取消請求の訴(昭和二十三年(行)第一九号)を起したものである。以上の事実は当事者間に争のないところである。

(二)、そこで原告が右裁決に違法があると主張し被告はこれを否認する点について判断する。

(1)原告は被告県農地委員会においては昭和二十二年十一月末に右訴願事件を委員会に付議し審査した結果訴願の趣旨を認め原告所有小作地の前記第四次買収計画は不法であつて取消すべきものであると決定しながらその裁決書の発送を故意に怠りその未発送を奇貨として先の裁決を変更し原決定を維持する裁決をしたものである。これは同一事件に対し二度裁決が行われたものであつてこの点に違法があると主張するけれども被告愛媛県農地委員会が原告提訴の右訴願を審査するに当り原告主張のように趣旨の相反した裁決を二度行つたことはこれを認めるべき証拠がないからこの点の主張は採用することができない。

(2)自作農創設特別措置法第七条第五項によれば都道府県農地委員会が買収計画に関する訴願を受理したときは訴願提起期間満了後二十日以内に裁決をしなければならないと規定してあるに拘らず本件の裁決が右法定の期間を経過して後になされたことは原告主張の通りである。併し右規定は農地改革の早急な実現を期して設けられたいわゆる訓示規定であつて右期間を徒過した後に裁決がなされたとしても裁決の効力そのものまでを無効とする法の趣意ではない。従つてこの点に関する原告の主張は理由がない。

(3)原告の所有していた農地の中田一町八反二畝十七歩及畑一反三畝十五歩は前記第三次買収計画により買収手続が進められ既に被告愛媛県知事より買収計画の送達があつたことは前認定の通りである。この買収によつて残留した原告所有地は原告の自作地である田畑計一町二反九畝十一歩とを別紙目録記載の小作地計七反三畝十三歩となつた。然るところ原告居住地区における農地の保有面積は小作地にあつては七反歩まで、自小作地を合して二町二反歩までであることは当事者間に争のないところであるから原告は右自作地全部と七反歩までの小作地を保有することができる。小野村農地委員会が第四次買収計画を立案するに当つては右所定の保有面積を削減しないようにしなければならないことは当然でありそしてその保有面積は買収の時を基準として算定されねばならぬのである然るに右農地委員会においては原告の右残存小作地全部について買収計画を立て原告の異議申立はこれを棄却し又被告県農地委員会も原告の訴願理由なしと裁決したことは前に認定したところであるけれども右第四次買収が実現した曉においては原告の保有農地は前記自作地一町二反九畝十一歩に過ぎなくなり従て前記法定の保有面積を削減する結果となることは明かであるから右原告所有小作地に対する買収計画は違法であると云わねばならない。

小野村農地委員会及被告県農地委員会が右第四次買収計画を正当とした理由は甲第二号証同第三号証によれば原告の三男武夫は原告と別世帯を持つていると認められない、或は武夫の分家手続は昭和二十一年二月八日に行われているが昭和二十年十一月二十三日以降における分家のため農地の解放保有に影響を来すことは許されない即ち武夫は原告の同居の親族であるから同人の耕作地は原告の自作地であると見ねばならぬと云うにあるようである。この点について被告訴訟代理人は武夫は既に昭和二十一年二月八日原告家から分家しておつたものであるから仮令同人が原告と同居していたとするも同居の家族とは云うことができないと述べて原告の主張を是認し右各委員会の判断が誤つていることを承認しているからこれについては多く論ずるの必要がないのであるがこの問題の解決は前記第四次買収計画の正否を判定する上に余り利益をもたらさないと思われる。何故なれば武夫が原告の同居の親族で同一世帯内に生活しているものであると認められ同人の耕作地と云うのは原告の自作地であるとして前記第三次買収計画に組入れられたものとしても、或は又武夫の耕作地は同人が原告より小作しているものであると認められた上で買収せられたものとしてもその何れの場合においても前記武夫の耕作地が第三次買収計画によつて買収せられる以上原告はその所有権を失うことに変りなく従て前記第四次買収計画の実施は前説明の通り原告の法定の保有面積を削減するの違法なる結果を見るに至るからである。

(三)、そこで被告県農地委員会は小野村農地委員会が先に第三次買収計画において武夫の耕作地を買収することとしその買収手続を進めたのは重大なかしある行政処分であるとし昭和二十三年十月二日武夫の耕作地である田八反九畝十歩につき買収計画の承認を取消し又被告愛媛県知事は同農地の買収処分を取消し該取消の告知書が昭和二十三年十一月二十日付を以て原告に送達せられたことは当事者間に争のないところである。原告は被告県知事の右買収取消の処分は違法であると主張しその取消請求を提訴(昭和二十三年(行)第四二号)した。よつて右買収取消の行政処分が違法かどうかについて判断する。

被告代理人の主張によれば前記第三次買収に際し小野村農地委員会は原告の申入に応じ原告所有農地について買収計画を樹立したがその買収農地の中に武夫耕作の前記田畑が含まれていた。同委員会においては武夫は従前より原告と同居していたのであるから同居の親族の耕作地として原告の自作地とみなすべきものと認めたが原告よりその買収請求があつたので自作農創設特別措置法第三条第五項第六号によりこれが買収計画を立てたのである。併し武夫は前記のように分家しているのであるから同人の耕作地は原告の自作地とみなすことはできないのであつて同人の小作地と云わねばならない。然るに小野村農地委員会は法律の解釈を誤り小作地を自作地であると誤認して樹立した右買収計画には重大なかしがある。被告県農地委員会においてはこのかしを発見したから先に右計画に対してあたえた承認を取消し又被告県知事もこれが買収処分の取消を行つたものであると云うのである。そこで成立に争のない甲第二号証同第三号証及証人宮内政次郎同川本友一の各証言を総合すると前記第三次買収計画の立案に際し原告は小野村農地委員会にその所有農地の中買収希望の小作地を申し出たがその中に武夫の耕作地が含まれていた。同委員会は武夫が原告の三男であり原告と同居して北豫高等学校の敎官を勤めているところから武夫の耕作地と称してはいるがそれは原告の自作地であつて原告の右買収申立は自作地としての買収申出であると解しこれを買収計画に組入れ法規に定める手続を行つたものであることを認めることができる。元来原告は田畑一町二反九畝十一歩を自作し二町七反四畝歩余の小作地を所有していたものであることは前記認定の通りであつて武夫の耕作地は同人が原告より借受けて耕作している農地で原告所有の右小作地の一部であることは当事者間に争のないところであるから原告は特に右自作地の買収申出をしない限り自作地について買収処分を受ける理由がないと同時に武夫の耕作地を原告の自作地として処置せられる訳もないのである。即ち小野村農地委員会が武夫の耕作地について原告の行つた買収申出を自作地の買収申出と解したのは重大な錯誤であつて同委員会はこの錯誤に基いて買収申出のない自作地に対しこれを買収する計画を立てたものと云わねばならないからこの買収計画は明に自作農創設特別措置法第三条に違反する処分であり従てこの買収計画に対し被告県農地委員会のあたえた承認及被告県知事の行つた買収令書の交付に関する後続処分も亦実体上違法な処分である。

右のように法規上買収すべきでない農地を買収した行政処分はその処分をした行政庁が後日に至りそのかしを発見した場合に自らこれを取消し得ることは条理上当然であつてその取消手続は法規上明文はないが単独機関ならば取消の意思表示を当該農地所有者に告知すればよいし合議体ならば所定の手続による議決を経てこれを同樣告知すればよいと解せられるから前示被告愛媛県知事の買収取消の処分は実体上においても適法でありその手続の上においても違法の点を発見することができない。

原告訴訟代理人は買収令書が交付せられてから一年以上経過している今日一方的に買収の取消をしてはならないとか取消すとすれば買収の際と同一の手続を経なければならないとか等右説明と異なる見解を述べて右取消処分を違法であると主張するけれどもこの点の主張は理由がない。

(四)、次に被告訴訟代理人は武夫の耕作地である田八反九畝十歩について前記第三次買収は取消されたからその部分は小作地として原告の保有するところとなり従て第四次の買収によつては原告の法定の保有面積を削減しないと主張するにつきこの点について考察するに行政庁の処分が取消されたときは原則としてその処分の点に遡及して効力を失うものと解すべきであるから前記武夫の耕作地は買収処分の取消により初より買収せられなかつたものとみなされるのである。併しながら他面において前記第四次買収計画の適否の審査はその計画の作成せられた当時を基準として判定せねばならぬのであるからこの買収計画がその立案の当時既に原告の法定の保有面積を削減するため違法であることは前認定の通りである以上その後前記第三次買収の一部取消に因つて法定の面積を保有し得ることとなつてもこれがために第四次買収計画のかしが治癒せられ違法性がなくなつたものとは解することはできないのである。被告訴訟代理人の右主張は採用することはできない。

(五)、以上説示の通り昭和二十三年行第一九号事件において小野村農地委員会が原告所有の別紙目録記載の農地につき樹立した買収計画は違法であるから原告の訴願を棄却した被告愛媛県農地委員会の裁決は失当であつてこれが取消を求める原告の請求は正当である。併し昭和二十三年(行)第四二号事件において被告愛媛県知事が行つた農地買収取消の処分は適法であるからその取消を求める原告の請求は棄却を免かれない。要するに被告愛媛県知事が職権によつて買収を取消した前記武夫耕作の農地及別紙物件目録記載の農地については更に審理の上小野村農地委員会において自作農創設特別措置法並関係法令に準拠して適切な買収計画を作成せねばならぬものとする。

よつて訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用し主文の通り判決する。

(石丸 加藤 橘)

(目録省略)

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